心を穏やかにする美しい音色
黄金色に輝くボウルと木のスティック。これは「シンギングボウル」と呼ばれる楽器です。
起源は諸説ありますが、チベット僧が瞑想に入る前に精神を統一し、集中を深めるために奏でたといわれています。最近ではヨガのレッスンで使われることもあり、少しずつ日本での認知度も高まってきているようです。
心棒と呼ばれるスティックでボウルの縁をなぞるように回すと、どこからともなく不思議な音色が聴こえてきます。これはボウルの中で反響した音と音がぶつかり合い、増幅することで発生する倍音と呼ばれる音。まるで宇宙空間に漂うかのような音色です。時には夜の海のように、深い森のように、さまざまなイメージが掻き立てられます。
不思議なことに、落ち着いた心でなければ美しい音色を出すことができません。まるで自分の心を映す鏡のように、イライラした心では澄んだ音色にはならないのです。
そんなときは、集中を深め、美しい音を奏でられるまでスティックを回し続けます。美しい音を聴けた頃には、イライラは落ち着き、済んだ心を取り戻しています。夜、考え事をして寝付けないときなどには効果的で、そのまま気持ちよく眠りにつけます。
シンギングボウルを初めて知ったのは日本国内でした。とあるライブで、このシンギングボウルが使われていたのです。不思議な音に耳を澄ませていると、現実を離れて音が作りだす不思議な異世界に入り込むようで、なんとも心地よいライブでした。
シンギングボウルに再会したのは、チベットのお隣の国・ネパールを旅しているときのこと。街でたくさんのシンギングボウルが販売されていました。
最近では、機械で作られたシンギングボウルも多く出回っています。けれど、職人が1つずつ響きを確認しながら作るハンドメイドのボウルは、音が響く時間が機械のものと比べて倍以上長いのが特徴。私たちはハンドメイドのものを選んで、「LIFE IS A JOURNEY!」のショップで販売することにしました。
あるシンギングボウル奏者との出会い
数年後、再度訪れたネパールでおもしろい出会いがありました。
有名なシンギングボウル奏者がネパールに帰ってきているというのです。彼は世界中でライブを行い、さらに各国でレッスンも開いているシンギングボウル演奏の第一人者。共通の知人を通じて会ってみることになりました。
私はてっきりローブをまとったチベット僧か、もしくはインドの聖職者のような人を想像していたのですが、やって来たのは普通のシャツを着た気弱そうなおじさん。そして彼は言いました。
「では、ヒーリングを始めましょう。宇宙の波動を感じて身体を癒します」
「え!? ヒーリング!?」
生演奏を聞くだけだと思っていたのに、ヒーリング!? しかも、宇宙の波動って何!?
あやしさ満点の雰囲気に、気分は思いっきり後ろ向き。今すぐにでも帰りたい気分です。けれど、仲のいい知人の奥さんは「難しいことは考えないでやってみたほうがいいわよ。私もよくやってもらうの。すっきりするよ」といいます。まったく気乗りしないまま、その胡散くさそうなヒーリングを受けることになりました。
極彩色の音に包まれる
床に敷かれた毛布の上に俯きになって寝転びます。その周囲に、彼が大小さまざまなシンギングボウルを並べていきます。なんだか、変な儀式の生贄になったような気分です。
疑いの気持ちでいっぱいの私の心を見透かしてか、彼はこんな指示をしてきました。
「では、目を閉じて。満点の星空、満月が映る湖、静かに眠る森、何でも構いません。あなたが一番落ち着く自然の姿を頭の中に思い描いてください。ただ、ひたすらその風景に入り込むよう集中してください」
渋々と目を閉じ、無理やり想像の世界に入ります。日没後のフェワ湖の水面を思い浮かべることにしました。
しばらく続く静寂。
ドーン…
足元でシンギングボウルを打つ、低い音が響きます。
ポーン…
次は右の腰のあたり。少し音が高くなりました。
ティーン…
右肩のほうで高音が響きます。
ティーン…
音が近づき、シンギングボウルの振動が音とともに伝わってきて、まるで音が身体を包み込むような不思議な心地がします。シンギングボウルは音を鳴らすとき、ボウル自体が小刻みに振動します。ボウルを身体に密着させなくても、少し離れた距離であればその振動を感じることができるのです。
ポーン…
「!?」
次は思わぬところで音が鳴りました。左側の肩の近くで音が鳴ったと思ったら音が移動し、頭の上で螺旋を描くように動いていきます。足元で重低音が鳴ったと思ったら頭の上でかすかな高音が響き、右から左へ左から右へ、一音ずつの響きがどんどん重なり合っていきます。
シンギングボウルは、もともとの音自体が宇宙空間の効果音で使われていそうな不思議な音がします。その音が低かったり、高かったり、さまざまな音が混ざり合い、反響し合い、極彩色の音の洪水が出来上がっていくのです。身体のあちらこちらで響く音が感覚を狂わせ、目を閉じていると自分が一体どこにいるのかわからなくなるような、不思議な心地になります。
30分ほど、シンギングボウルの音が作る不思議な空間の中にどっぷり入り込み、夢心地で過ごしました。
「終わったよ」という彼の言葉でハッと我に帰ります。そういえば、友人宅に来ていたんだっけ。そんなことも忘れるくらい、全然違う別世界にいたような気分です。そして、散々あやしんだシャツ姿のおじさんを眺めながら思いました。
確かにこれは宇宙の波動っぽいぞ、と。
美しい音色を日本に持ち帰るために
私は、この演奏方法をぜひとも習得したいと思いました。スピリチュアルとかそういった意味を差し置いても、単純にこの不思議な音の空間を作れるようになりたい!
「弟子入りさせてください!」
自分でもびっくりするほどの変わり身の早さですが、私は本気でした。さっきまで散々あやしんでいた私が突然そんな言葉を発したせいで、逆に私のことを怪しがっている彼を1時間ほどかけて説得し、いろいろ話し合った結果、なんと本当に弟子入りさせてもらえることになりました。
ヒーリングで洗脳されたわけではありません。ただ、この不思議な音の世界を日本に持って帰りたい一心。私たちの旅のテーマである「世界の暮らしのイイトコドリ」。この音色を取らずに何を取るのかというくらい、素晴らしい音色だったのです。
シンギングボウルの振動と音は実際に神経を休める効果があるらしく、現代では心と身体のケアにも使われるようです。
この前師匠に会ったときに、「私もそろそろ、そういうケアを人にしてみてもいい?」と聞いてみたのですが、「ダメだよ、ダメダメ! 君はまだヒヨッコだからね」と一刀両断されてしまいました。
シンギングボウルの道はなかなか厳しいです。
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