盗難から始まった、アルゼンチンの財布ブランド「planar」との関係|世界の暮らしのイイトコドリ 第2回

世界一大きな氷河がある街で、警察に行く

私たちはその日、アルゼンチンの最南端に近い、エル・カラファテという街にいました。

南米大陸の一番先っぽ、パタゴニアと呼ばれる大自然の地域の中にあり、世界一大きな氷河がある街として有名です。

例に違わず、私たちも氷河を見るためにこの街にやってきたのですが、事件はある路線バスの中で起こりました。田舎を走る気持ちいい路線バスというのもあって、ついうっかり居眠りをしてしまい、気がつくとお財布や化粧ポーチを入れていたバッグが消えていたのです。

幸いなことに、現金は別の隠しポケットに入れていたので無事でした。ただ、1枚だけバッグに入れていたクレジットカードが問題です。すぐにカード会社に電話をしたのですが、不正使用されていた場合、現地警察に盗難届を出さなければいけません。けれどここはスペイン語の国。警察署に行ってみましたが、英語を話せる人がおらず、何もできないまま追い返されてしまいました。

しばらくどうしようかと夫婦で街をぼんやり歩いていました。そんなときに助けてくれたのが、おしゃれな雑貨屋を営む女の子。英語を流暢に話す彼女に顛末を伝えると、スペイン語に訳して紙に書き、「警察署でこれを見せれば盗難届が出せるから」と渡してくれました。

お陰で私たちは無事に盗難届を出すことができ、女の子へのお礼の意味も込めて、お店にあった素敵なストライプのお財布を1つ購入しました。

 アートを持ち歩くお財布「planar」

日本に帰国後、その財布は夫が愛用していました。planarというアルゼンチンのブランドで、斜めストライプの柄が印象的でした。

そのためか、カフェの店員さんや面識のない人から「どこのお財布ですか?」と聞かれることがたびたびありました。

幾度となく聞かれるので、みんながそんなに気に入ってくれるのであれば私たちで輸入しようか、という話になりました。どうせなら、日本の販売代理店になりたいよね、と話はどんどん膨らみます。

何より、「アートを持ち歩く」というplanarのコンセプトに惹かれました。

planarのお財布の形は極めてシンプル。そこに、カラフルな柄をシルクスクリーンでプリントしていきます。

毎年発表される限定モデルでは、ブエノス・アイレスのアーティストたちとコラボし、仕上がったお財布はまるでアート作品のようです。

日々お気に入りのアート作品を目にすることで心は豊かになりますが、作品を買うという行為はどうも敷居が高いのが事実。けれど、お財布であれば、無理せず日常にアートを持ち込めます。planarの「アートを持ち歩く」という考え方は、個人的にもぜひ日々の暮らしに取り入れたいと思ったのです。

世界的なデザイナーだけど、物は試しで

調べてみると、planarは世界各国のミュージアムショップで取り扱われていました。ブエノス・アイレスの現代美術館で展示会も行っていて、かなりアートなブランドのようです。

こうした情報を知るにつれ、私たちはだんだん不安になってきました。

「こんなしっかりしたブランドが、私たちなんかを相手にしてくれるのだろうか?」

planarの華やかな経歴に比べ、こちらは代理店契約の経験がなく、日本の業界のことすら知らないただの夫婦。さすがに臆病風が吹きます。

けれど、物は試しです。

勇気を出して「planar大好きなので日本の販売代理店させてください!」とメールを送ってみたところ、数日後に「OK!」と返事が返ってきて、驚くほどあっさり代理店になることができました。

planarは以前から東京の合同展示会に出展するなど、日本での展開を検討していたようで、良いタイミングでオファーした私たちはかなりラッキーでした。

その後、契約書の作成など面倒な作業は多々ありましたが、未経験でも何とかなるもんです。専門分野に詳しい人たちの力を借りて、無事契約書を交わすことができました。

そこからは手探りで続け、今では少しずつplanarを置いてもらえるお店が増えてきました。

国境を越えて展開しているplanarですが、デザイナーである夫婦と営業を行う実のお姉さんの3人で運営しています。てっきり大きな会社だと想像していた私たちは拍子抜けしました。

とはいえ、相手は世界を股にかける敏腕デザイナー。聞けば、鉄道駅のデザインや国際的なデザインイベントなど、その活動は多岐にわたります。数々のデザイン賞を受賞している彼らは雑誌にもよく登場しているので、きっと南米のデザイナーたちの間では有名なのでしょう。

 スタイリッシュなデザイナー夫婦の素顔

planarの代理店を初めて1年半が過ぎた頃、デザイナー夫婦が日本に遊びに来ることになりました。

数日前から私と夫はソワソワ。スタイリッシュなデザイナー夫婦を想像するだけで緊張します。彼らの前で、どんな服を着ればいいのだろう。どんなレストランに連れていけばいいのだろう。考えるだけで胃が縮む思いです。

待ち合わせは大阪中心街の、とあるホテルのロビー。少し前に到着した私たちは辺りを見回しましたが、それらしき人は見当たりません。

外の空気を吸って緊張を紛らわそうとエントランスを出ると、小柄な外国人カップルが1組いました。すぐに目を逸らしたのですが、2人はじっとこちらを見てきます。

一見してユニクロだとわかる上下、その上から日本の若い女性に流行しているリュックをかけています。

「え?まさか?」

「いや、でも格好があまりにも日本人すぎるし。きっと日本に長く住んでるんちゃう」

「でも顔は似てる気せえへん?」

相手もこちらをチラチラ見ながらヒソヒソと話しています。

そして近づいてきて、こう言いました。

「ハロー!!コンニチハー!planarデス!」

これがplanarのデザイナー夫婦、パブロとルシーラとの初対面でした。

彼らは初めてのユニクロに興奮し、上野で見つけたリュックの安さに驚き、つい買い込んでしまったとのこと。そのせいで、彼らの見た目は完全に日本人。ユニクロと上野のリュックがどれだけ安かったかを熱く語るルシーラの発言は大阪人そのもの。覚えたての「めーっちゃ安い!」という日本語を連発する2人に親近感はMAXです。

さらに、2人は控えめで気遣い上手。今までいろんな国の人と会ってきましたが、その中でも群を抜いて日本人っぽい性格なのです。

無口でシャイなパブロ、おしゃべりなルシーラ。そんな関係性もどこか私たち夫婦と似ています。

「そこの夫たち、恥ずかしがってないで英語しゃべりなさい!」とけしかけるルシーラと私は意気投合し、夫同士は「怖い怖い」と苦笑い。

こうして、地球の裏側からやってきたデザイナー夫婦とすっかり打ち解けたのです。

planarのアイデンティティがつまった家へ

半年後、今度は私たちが2人を訪ねてブエノス・アイレスに行くことになりました。

空港から1時間ほどで2人の家に到着。planar色の赤いドアを開けると、私たちは驚きました。

真っ白の壁とグレーの床。広い空間に家具が余裕を持って配置されています。何より驚いたのは、ものの少なさ。クローゼットは家の中に1つしかなく、その中に2人のすべての持ちものがすっきりと片付けられていました。シンプルを極めた空間は、planarのデザインを体現しているかのようでした。

彼らの仕事場をのぞくと、そこには妥協を許さない、私たちがはじめに想像した通りのデザイナーの姿がありました。

それから8カ月。彼らとは相変わらず楽しく仕事をしています。今となっては仕事なのか遊びなのかよくわからないやり取りがほとんどですが、そういう関係になれたことをとてもうれしく思います。ドキドキしながら「代理店をさせてほしい」とメールを送った日のことを思い出すと、まるで夢のようです。

けれど、そもそもの話をすれば、氷河の街ル・カラファテでバッグを盗まれなければ、planar夫婦との出会いはあり得ませんでした。そう考えると、あのとき盗んでくれた泥棒には感謝しきりです。もちろん雑貨屋の女の子にも。

運命なんて、わからないものです。今は良くないことが起きていても、思わぬところから素晴らしい出会いにつながることがあるかもしれません。planarとの出会いは、私たちにそのことを気づかせてくれました。

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